作家にして博物学者、翻訳家、またある時は風水師にしてコメンテーター……数多くの顔をもつ博覧強記の人、荒俣宏さん。そんなアラマタ先生が “髪”をめぐる古今東西の歴史や風俗に切り込む文化史コラムをお届けする。今回のテーマは……「ちょんまげ」。読むと誰かに語りたくなる“男の髪”のトリビアで、ホッと一息のブレイクタイムを楽しもう。
—幕末のちょんまげ事情
ファッションを生み出すパワーは、いつだって民衆の声
江戸時代は、何でもそうだが、前半と後半とで文化風俗のスタイルがまったく違ってくる。ひと口でいうなら、前半は西洋の影響、後半はファッション・センスの深化といえるだろうか。
ファッションとは、意味から自由になった風俗、を意味する。たとえば、伝統的な服装はすべて、地位や身分をあらわしていた。しかしそうした“意味”を無視して衣服を身にまとったときから、ファッションが始まる。
たとえば幕末期には「総髪(そうがみ)」というものが流行した。元来、この総髪は、月代の部分にも髪をのばしたものをいう。月代の手入れをする必要がなくなった浪人か、あるいは貧しいために髪の面倒など見ておれない庶民の一部が用いた野暮な髪型だった。
しかし幕末になると、坂本龍馬などの写真を見ても分かるように、勤王の志士や脱藩浪人がこの髪型を好み、新時代を希求する革新的ヘアスタイルとなった。月代に価値を見いださなくなった。若者たちはファッションとして総髪を選択しはじめたのである。